2018年1月、カヌー・スプリント競技の男子選手がライバルとなる別の選手の飲み物に禁止薬物を混入し、入れられた選手はドーピング検査陽性となるという事態が起こりました。混入した選手が自ら日本カヌー連盟に申し出て非を認めたことで、全容が明らかとなりました。加害選手が告白しなければ、薬物を飲まされた被害選手は4年間の出場停止となり、東京五輪への道を断たれるところでした。加害選手は、8年間の資格停止処分、連盟から除名処分という処罰を受けました。他者を陥れる行為でドーピング違反となったケースは日本では初めてのようです。
現在の世界アンチ・ドーピング機関(WADA)のルールでは、潔白を立証する責任はアスリート側に課されています。しかし、今回のようなケースでは、加害者が犯行を認めなければ被害者側は自分の潔白を証明するのは困難です。それだけに、アスリートは「自分の身は自分で守る」という意識を徹底することが求められます。剣道でも「一度目を離したドリンクボトルから水分摂取をしない」ことは基本です。
今回の事態を受け、危惧されるのは剣道用具への異物混入です。例えば、他者が竹刀に重りなどを混入し、それが試合中に判明したとすると、剣道試合・審判規則第3章禁止行為の「定められた以外の用具(不正用具)を使用する」に該当し、罰則として「不正用具の使用者は、負けとし、相手に2本を与え、既得本数および既得権を認めない」が適用されてしまう可能性があります。
これは、ドーピングではなく不正な用具使用ですが、他者を陥れるという意味ではカヌーの事件と変わるものではありません。少々穿った見方をしているとはいえ、世界大会などの大規模な大会には十分な注意が必要です。
選手は飲食物に対する管理に加え、剣道具・竹刀に対する徹底した管理がこれまで以上に重要と言えるでしょう。「自分の身は自分で守る」、まさに剣道の起源となる考え方です。
アンチ・ドーピング委員会委員 小澤 聡
* この記事は、月刊「剣窓」2018年5月号の記事を再掲載しています。