顔面、頭頂部を面で覆われている剣道で最も多いのは、後方転倒による後頭打撲でしょう(図1)。後頭部は、首の後ろ部分と共に剣道具で保護されていない箇所です。剣道では後頭打撲とそれに伴う頸椎損傷(頭を支える7つの首の骨)、頸髄損傷(頸椎の後ろの管腔にある脊髄神経)が最も懸念されます。脊髄神経は中枢神経と同様、過屈曲や過伸展によりいったん傷害を受けると回復が非常に困難です。頭のケガばかりに目を奪われず、首の骨、神経にも注意が必要です。頸椎、頸髄の損傷では、首の後方を痛がり、両手にしびれ、痛み、脱力、異常な感覚を生じています。直後から頭や首を大きく動かさないことが肝要です。
頭部を強打した後に生じる短時間の意識障害で多くは6時間以内に完全回復する良性の外傷と考えられてきました。試合中に頭部を強打し、動けなくなってしまった選手を前に、苦労された審判の先生も多いことでしょう。何度説明しても同じことを質問してくる見当識障害、傾眠、動作緩慢、頭痛などは直後によくみられる症状です。剣道よりも多くの頭部や頸部の打撲の機会が生じ、しばしば同様な状態が発生して、競技の続行の判定に苦労していたラグビー(日本ラグビーフットボール協会)は、競技スポーツ医と共にレフェリーのための簡易判定表を作りました。多くの検証を経て、今まで軽くみられていた脳震盪は、その後の核磁気共鳴検査(MRI)の普及などから、予想以上に脳に影響を及ぼしていることが明らかになったためです。その概要を示します。
頭部、顔面、頸部、あるいは、ほかの部位への衝撃の後で、以下の所見がみられる。
「利き足でないほうの足を後ろにして、そのつま先に反対側の足の踵をつけて一直線上に立ってください。 両足に体重を均等にかけ、手を腰にして、眼を閉じて20秒間じっと立っていてください。もしバランスを崩したら、眼を開けて元の姿勢にもどして、また、眼を閉じて続けてください。
20秒間で、6回以上バランスを崩したら(下記のようなことがおこったら)、退場
以上のチェックは 剣道でも是非、参考にしていただきたいと思います。脳しんとうと判定された場合は、ラグビーでは競技の中止とアルコールなしの24時間の安静が義務づけられています。また、小中学生では最低2週間激しい運動をさけるよう勧告しています。ラグビーほど頭部を強打することの少ない剣道でも試合中であれば、上記の1. および2. の項目チェックを是非とも、大会救護医の手で実施してください。
試合や稽古現場では:頭を大きく動かさず面金越しに呼びかけ、
などの頭頸部の異常がないことを確認して、本人が継続できる意思を苦痛表情なしに伝えることができれば「続行可能」と判断してよいかと思います。試合の中断中であれば選手を起立させてみて再度、状態を確認後に主審に報告するのがよいかと思います。試合終了後にも頭痛や吐き気が続いているようでしたら 頭部の検査(脳CTやMRI検査)を受けるよう勧めてください(注2 外傷性低脊髄圧症候群)。
大会救護医の先生方には、以下の症状を見逃さないようにお願いします。
上記の所見がある場合は、頭蓋骨骨折、脳挫傷、頸椎・頸髄損傷などの疑いがあり、救急車が来るまでは、
著者注1
剣道の場合、下図のように捨て身の面を打って来る相手を両手で上方に突き上げるように受ける場合、相手は後方に転倒、剣道具で保護されていない後頭部や反対側の脳の一部を損傷することになります。全日本医師剣道連盟ではこの受け技を危険技として注意喚起しています。
注2
長引く頭痛、後遺障害としての「外傷性低髄液圧症候群」について頭部、頸部の外傷により、脊髄を包むくも膜や硬膜が裂けて髄液が持続的に漏出して頭蓋内圧が正常に保てない状態により、頭痛、嘔気、嘔吐、耳鳴り、回転性めまいなどの多彩な後遺障害が長引く例があることが近年明らかになってきました。造影剤を用いたMRI検査が診断に役立ち、自家血を漏出部にあてる方法(硬膜外血液パッチ法)で頭痛が軽減することが知られています。
朝日 茂樹(日本体育大学保健医療学部救急医療学科長教授)
参 考
1)脳しんとう 今日の治療指針2014年 医学書院
2)国際ラグビー評議会:IRB 脳振盪ガイドライン(一般向け)
3)剣道医学 Q&A 第3版 Q48 Q45 参照
4)日本神経外傷学会、低脊髄液圧症候群の診断基準(平成22年3月)
「剣道医学救急ハンドブック(2014/10発行)」より抜粋