財団法人全日本剣道連盟会長
武安義光
剣友の皆さん明けましておめでとうございます。
国内経済もまずは不況を脱していること何よりです。
しかし、一方で国内治安の悪化は顕著で、犯罪による被害者も増加しています。特に年少者の犯罪が増加していることも心配の種です。また、原因はそれぞれですが自殺者が年間3万人を超えたことも関心を寄せざるを得ません。
日本が戦後の荒廃から立上がり、経済の発展、国民生活の向上を目指して努力を重ねての結果、世界の水準を超えた経済大国を実現しました。
ところが物質的に豊かさは実現しましたが、心の豊かさ、強靭さが失われつつあることはどなたも認めるところでしょう。その中で少年の体力の減退、さらに学力の低下が報じられていますが、日本の前途に対して心配の種です。
このような日本社会で、心身ともに強い日本人を養うことが大事なことは言うまでもありません。我田引水だ、手前味噌と言われましょうがここは剣道の出番です。お互い剣道人は剣道の果たすべき所と意義を再認識し、剣道界を挙げて努力しなければなりません。
具体的には全剣連が基本方針に掲げている「剣道の理念に基づき高い水準の剣道人の育成、各層への剣道の普及を図ること」であり、「剣道を通じての人間教育の充実に努める」ことでありましょう。年が変わっても変わらざるこの目標に向かって、全剣連は皆さんと共に努力していきたいと思います。
つぎに新年の話題として、「剣道文化」について取り上げます。全剣連は毎年「剣道文化講演会」を開催、多数の参加を戴いています。剣道文化というと、剣道人は剣道を取り巻く外延のものを念頭におく傾向があります。
われわれは「剣道は日本文化の所産」という言い方をよく使います。剣道の成り立ちと価値を、剣道人以外の人や、外国人などに理解してもらうに当っては、剣道の用具、技法そのものが、日本文化の高度の産物であることをまず理解してもらうことが大事です。
時代を溯りましょう。天下も治まり、太平の世になりました。戦いも昔話となり、武士やその子弟も剣法の稽古はやるけれども、形の稽古はとかく形式に流れる。木刀で木などを叩いても面白味がない。若いものが軟弱に流れて見ていられない。しかし木刀で本気にやると怪我人が出る、何か木刀に代わるものはないか。
そこで手先の器用な剣法の指導者がいて、どこかの流派で使われていた袋しないにヒントを得て、国内至る所にある竹を使い、竹刀を作ってみたら、なかなか行ける。市販の皮などを使い、試行錯誤で今の竹刀ができていったのでしょう。
相手を打てないと面白くない。そこで防具がいる。これは鎧、武具や衣装を模して怪我のないように組み立てる。そして打ち合いができるようになって見ると中々面白い。打ち込む部位は制限しよう。そこで面・小手・胴などが部位として決まったのでしょう。稽古するものに励みを持たせるために、勝ち負けを決める試合をやろう。一本になる技は、鎬と反りのある日本刀の操法を参考にして、強さや刃筋も考える。当てるだけでなく残心などの考えも取り入れよう。
稽古をする場所は、土間から剣術の修業に使われていた木の床の道場を改良した筈です。立ち会いなどの礼法はこれまでの流派のものを継承しよう。防具は武士のやる竹刀剣術に相応しい気品あるものにしていこう。こうして後世ほどでなくても、試合で勝つことを目指して稽古に熱中する者が増え、各藩でも竹刀剣術が若い者の訓練に役立つとして奨励されるようになりました。大都会の江戸では、門人を集めた道場がいくつもできて、剣術は幕末には隆盛を極めるに至りました。
このような竹刀剣術の起源を辿ると、多くの人の知恵とニーズに、時の手工業がバックアップしてできたもので、これらは物的基盤も取り入れた壮大なシステムで当時の日本だから実現でき、それが心法といわれるものまで取り入れて、現代の剣道にと成長したものです。刀の操法は鉄文明がある所では大昔からありました。しかしそれは剣道とは無縁のものです。これらのことを改めて強調します。
今年の秋の一連の審査会の特色は、かつてない大型審査になったことです。まず、皮切りの24日の剣道八段審査に挑戦した受審者は1,300人に達し、九会場を設けて行ったこの審査会で、日本武道館は熱気あふれるばかりでした。
翌日の同じ会場での七段審査には1,500人が挑戦、13日に名古屋で行われた審査での受審者870人と合わせた2,300人余りの数は七段審査受審者の記録となりました。さらに翌日、東京武道館に会場を移しての剣道六段審査でも1,600人余りを集め、名古屋での1,000人と合わせた数は、やはり六段審査の記録となったはずです。
このような多数の受審者があることは、段位審査に挑戦する愛好者の向上意欲と熱意と見ることができ、剣道界にとって喜ばしい傾向と言えますが、一方審査実行側には公正かつ能率的な審査を行い、受審者の期待に応えるべき重い責任を課せられていることになります。
審査を終えて検証して見ると、まずは実行側としては手順よく進行管理と事務処理を行い、混乱の事態は起こりませんでした。これには良識ある剣道高段者の集まりである受審者の秩序ある行動があったこと、またコンピュータ化した事務処理方式が、威力を発揮したことが挙げられます。今時当たり前のことですが、このシステムが上手く動かなかった場合、受付番号付与、組み合わせなどの手間から順調な審査は行えず、受審者にはもとより、審査員にも大変なご苦労をお願いすることになったと思います。
もうひとつのポイントは、剣道七・六段を京都、東京に並行して、名古屋で行うようになっていることです。遠隔地の受審者の便を図れるほか、東京に集まる受審者のかなりの数を吸収して貰っている効果は大きなものと痛感しました。
一連の審査を通じて、審査員の方々には多数の受審者を受け持つ重労働をお願いしました。細部の結果分析は行うに至っていませんが、合格率、採点の状況、合格者の年齢別あるいは審査会場別のデータから見るところでは、おおむね妥当な結果と見られ、一年を顧みても審査は安定した結果を示していると認められます。この点、審査員の方々のご努力にも謝意を表させて戴きます。
さて合格者の数について見ると、最も厳しい剣道八段は、一次合格者103人、最終で15名の合格者は春と同程度ですが、若手剣士にもう少し二次へ挑戦する機会を与えて貰えたらと感じました。
剣道七段の審査は厳しくなった印象かあります。今年行われた各地での剣道七段審査の合格率を見ると、今年はおおむね10%に定着した感があります。六段のすぐ上ではない七段、八段に挑戦する前段階の七段として、また一般愛好者にとっては事実上最高位です。各地区で指導的立場に立つ機会も多い七段の審査は、受審者にとって厳しいことになりますが、基準に則して行い七段の権威を高めることが必要と感じます。全剣連も審査内容の向上に全力を挙げていきます。
さて秋の剣道八・七・六段審査全体の受審者は6,300名余り、そのうちの合格者は600名、残る5,700名は苦杯を喫する結果になりました。不成功に終わった方々は、審査の実態を顧みて、それぞれ問題点を発見され、再度の挑戦を通じて宿願を達せられんことを祈念します。
剣道の審査に比べれば人数は少ないので目立ちませんが、居合道の段審査も内容が向上しつつあります。七・六段審査は、去る11月20日に、東京都江戸川区スポーツセンターで行われました。350名余りの受審者に対し、48名が合格者されました。
秋の称号審査は教士・錬士審査が行われました。各剣連からの推薦者につき、錬士は提出された小論文を審査委員が採点し、教士には11月6日に東京他3カ所で筆記試験を課して、その結果に基づいて、いずれも審査会において判定を行いました。
残念ながら剣道錬士で30名、剣道教士では109名の方が不合格になりました。この結果は前回より厳しいものですが、合格基準に則しつつ、読める範囲の拡大解釈は行われたはずですが、予想を上回る不合格者が出ました。毎回のことですが、筆記試験に関しては、すでに例題や参考書が事前に「剣窓」昨年10月号に公表、予告してあることでもあり、今回の結果は試験実施者の立場の予想にも反して、残念なことでした。次号で担当役員から経過と評価についての報告が行われるはずであり、参考にして戴きます。
社会体育指導員への講習も全国各府県で行われてきました。残り少ない空白県がいくつかあります。その一つであった福井県で11月19日から第56回初級講習が行われました。会場は平成初年にいちはやく完成した、壮大な福井県武道館で、56名の受講生が集い講習を終えました。高段の参加者は少なかったのですが、その分まじめな受講態度に講師は感銘を受けたようです。地元の剣道普及には今後大きな効果をもたらすことでしょう。
続いて12月3日から、この地区ではじめての中級指導員の講習会が新潟県で持たれました。新潟市郊外の巻町の県立青少年研修センターが会場です。中越地震のあとであり、開催が危ぶまれましたが、剣連の熱意もあり予定通りの開催となりました。
地震で被害を受けられ、あるいは復旧の仕事なとで、都合のつかない方もあったようで、他の県からの参加を含め、39人の熱心な参加者を得たことは何よりでした。
撮影 筆者
またこの期間中に行われた初級更新講習にも63名が参加されたことで、今回は十分の成果を収めることが出来たと感じました。
各講師も不便な交通事情の中を駆け付けて戴き、支障なく講習を行うことが出来ました。熱心な受講者が集った心暖まる講習会でした。
1年を振り返るのは次号に譲り、以下の記事だけを取り上げて年内の作業を締めくくります。
剣道界にご功績のある次の方々が亡くなられました。
長年に亙る剣道へのご尽力を謝し、謹んでご冥福を祈ります。
堂垣内尚広氏 |
剣道範士 元北海道知事 |
02月02日 | 91歳 |
三塚 博氏 | 元衆議院議員 全剣連顧問 | 04月25日 | 76歳 |
宮本忠彦氏 | 剣道範士 元茨城県剣連会長 | 05月06日 | 78歳 |
西山泰弘氏 | 剣道範士 元常任理事 | 05月06日 | 68歳 |
半田利一郎氏 | 剣道教士 全剣連監事 | 05月11日 | 76歳 |
相楽芳三氏 |
居合道/剣道範士 元福島県剣連会長 剣道功労賞受賞者 |
05月28日 | 96歳 |
富岡 巌氏 |
居合道、剣道範士 剣道功労賞受賞者 |
06月26日 | 90歳 |
並岡武男氏 |
剣道範士、前岩手県剣連会長、 剣道功労賞受賞者 |
08月14日 | 91歳 |
1月号 | 審査会に当たり審査員に要望したこと |
2月号 | 平成15年の主な出来事 |
3月号 | 200回に及んだ「まど」を振り返る。 |
4月号 | 平成16年度事業計画について |
5月号 | 年度始めの大会、講習会、順調なスタート |
6月号 | 第100回を迎えた京都での演武大会、その他の行事 |
7月号 | 前年度決算、近畿、九州地区連盟会長会同 |
8月号 |
終戦で日本は無条件降伏したのだろうか |
9月号 | 夏の大会、審査会など |
10月号 | 女子剣道選手権大会とその沿革 |
11月号 | 松山での東西対抗大会、中四国剣連会長会同 |
12月号 | 17年度行事内定、新しい表彰の受賞者決まる |