昨年は東京で一度も雪を見ない暖冬で、早い春を迎えましたが、今年は雪あり寒風の襲来ありなど、数年振りの厳しい冬を過ごしました。心配される地球温暖化も、一足飛びには進まないものと妙な安心感を持つ向きもありましょうが油断大敵、今年7月の洞爺湖サミットでは、しっかりした先進国の温暖化対策への合意を、日本主導で取ることを期待します。
しかし3月も半ばとなると庭の白梅、紅梅も咲きそろい、間違いなく季節も動き、新しい年度を迎えます。千鳥ヶ淵、靖国神社では桜の蕾も膨らんでいます。間もなく欄漫の春です。
教育改革の流れの中、義務教育の学習指導要領が改定されることは、何度か取り上げました。中央教育審議会の答申を得て、3月末には文部科学省告示が行われます。ここで中学校1・2学年の体育に、武道がこれまでの選択制から、必修科目に改められ、すべての生徒が武道を学ぶ機会を得ることになり、その改定は平成24年からの完全実施になります。
また決まり文句が始まったと言われそうですが、第二次大戦の敗戦による占領行政で弾圧された武道が、独立回復後漸く学校教育に復活しました。中学校の体育での選択科目からやっと他のスポーツ並みの必修科目に改められたのは、占領行政後遺症からの脱却であり、関係者として喜ぶべきことです。
制度改正は平成24年から完全実施になりますが、日本の伝統と文化を尊重することを目標に、自信を持って努力してきた剣道界として、中学校における剣道教育が、有効、適切に実施されるよう努力しなければなりません。
このため全剣連は3月10日に行われた評議員会・理事会において、これからの剣道界の対応につき、とり急ぎ決議、申し合わせを行いました。主文のみ掲げます。
「武道の中学校における必修化に伴い、財団法人全日本剣道連盟および各都道府県剣道連盟は、関係剣道団体とも連携して、中学校で生徒が剣道の学習を通じて、わが国固有の伝統と文化に触れ、これを尊重する態度を養うことができるよう、適切な協力・支援を行う」
取り急ぎとしましたのは、具体的方策の積み上げを行う時間がなく、取りあえず基本方針を定めたわけで、具体的方策はさらに今後定めることとします。剣道界として取り組み、また実効を挙げる為には多くの問題をクリアする必要があります。
まず対応は、全国1万を超える中学校での授業に及ばなければなりません。中学校は各市区町村が管轄するところであり、運用は市区町村の教育委員会の管轄であり、その実行は各中学校校長の責任により行われます。中央の文部科学省は基本方針を定め、その枠組みを決定するに止どまり、その運営、実行は現場に委ねられます。
したがって授業に反映させるための剣道界の対応も、全剣連から、都道府県剣連、さらに市区町村段階の剣連の協調のもとに行う必要があります。そこで各剣道団体はそれぞれ文部科学省、各都道府県教育委員会、各市区町村教育委員会、中学校に積極的に働きかけることが必要です。
つぎに剣道固有のものとして用具の確保、また指導者の問題があります。特に体育の授業として行うためには、部活動の場合と異なり教員免許が必要ですが、そのための補助指導員として援助できる人材の応援が不可欠と思われます。
指導者の充実のためには、社会体育指導員の資格者の活用や教員免許保持者の掘り起こし、再教育などが必要です。
授業時間が多くを期待できない状況において、適切なカリキュラムや指導法の提供が望まれるほか、用具の確保のための協力も必要ですが、「木刀による剣道基本技稽古法」の活用など、剣道具が揃わない状況において、木刀や竹刀だけで剣道の指導ができる方法を策定することも必要です。
決議、申し合わせでは4項目が付記されており、記事をご参照ください。全剣連としてはそれぞれについて具体策を立案して、全体を推進していくことを考えております。
心強い動きとしては、東京都剣連がすでに3月5日に、この問題の推進について方針の決定を行って動きだしておられることです。すぐに取り掛かるべき、そして中期にわたって努力すべき剣道界としての重要課題として取り組みたいものです。
全剣連の毎年の事業計画は、「わが国の伝統と文化に培われた剣道の発展を図るとともに、その普及を進め、心身の錬磨による人間形成の道としての剣道を通じて人造りとわが国社会の健全な発展に貢献することを目指す」という毎年不変の活動目標で始まり、平成20年度も当然変わりありません。そして活動の基本として具体的には、「『剣道の理念』に基づき、高い水準の剣道人の育成に心がけ、国内外各層への剣道普及を図り、社会から高く評価される活力ある剣道界の実現を目指す」としています。
重点方策としては前項に述べた、「中学校における武道の必修化に関する課題の検討」を掲げ、他は前年度を踏襲します。
具体的事項をいくつかとりあげますと、指導法を担当する講師要員の研修を行うこと、『幼少年剣道指導要領』を大幅改訂しての『剣道指導要領』を出版し普及を図ることがあり、審査については現行規則の趣旨に基づく運営の徹底を図りますが、趣旨の面で問題が感じられる、年配者への昇段審査における修業年限短縮の優遇措置の見直しを取り上げています。強化については世界大会を目指すもの、若手剣士の地力を高める選抜講習会などを中心に重点的に進めます。居合道、杖道についてそれぞれ普及、充実のための努力を行います。国際関係では国際剣連として加盟したGAISF(国際競技団体連合)の動きに留意しつつ適切に対応することが課題になります。
さて収支予算では、収入の大宗となる称号・段位の登録料が、剣道人口の低調などから、収入減になる見通しで、その影響から一般会計において、前年予算を上回る4千5百万円の赤字予算を組むことになりました。これはここ数年同じ傾向にあり、近年の蓄積を小出しして賄ってきましたが、そろそろ抜本対策に取り組むことも必要ですが、ともかく節約できることは節約しつつ、必要な事業を進める、新年度の予算になります。
一昨年功労賞を受賞された長島 末吉範士が3月8日に逝去されました。長島さんは会津出身、警視庁主席師範を経て、全剣連では普及担当常任理事、審議員として剣道の振興に努められました。在任中「全日本都道府県対抗剣道優勝大会」の出場選手に女子2名を加えて現在の7名にする改革などを進められました。
風見さんは教育界ご出身、高齢者生涯剣道を地でいく活動をされ、昨年冬功労賞を受賞されましたが2月12日95歳で亡くなられました。
お二方の剣道界へのご功績を偲びご冥福を祈ります。
第2次大戦末期に名古屋地区を爆撃して撃墜された米軍爆撃機搭乗員38名を、日本軍は無差別爆撃により無辜の住民を殺した犯罪者として、略式裁判により処刑しました。3月に公開されたこの映画は、この事件の責任者として、戦後連合国軍によりB級戦争犯罪人とされた、東海軍司令官岡田 資(たすく)中将の裁判を主題としたものです。これは大岡 昇平氏が膨大な米国側の裁判記録に基づいて執筆した小説『ながい旅』を原作として映画化されました。
岡田中将は部下に転嫁することなく一切の責任を司令官として負い、米軍の行為の不当と、当方の正当を主張し、堂々と軍事裁判に対し「法戦」を挑みました。結局戦勝国の裁判に敵せず、昭和24年9月絞首刑により世を去られます。敗戦時に連合国軍に一歩も退かず戦い抜いた、気骨あり、人間味溢れた人物の記録として注目すべき作品です。
この欄で取り上げた所以(ゆえん)は、この中に元埼玉県剣連会長、元全剣連審議員の楢崎 正彦範士が登場されるからです。楢崎さんは戦中軍務中の事件の責任を問われ、B級戦犯死刑囚として巣鴨拘置所に収監され、たまたま岡田中将と同室になるという、不思議な巡り合わせを持たれました。大岡 昇平氏の『ながい旅』には楢崎さんの岡田中将の思い出が記されていますし、映画では岡田氏が判決を受けた前後の場面に、楢崎さんと思われる人物が登場します。楢崎さんは幸い減刑により社会復帰することができ、剣道家として大成の道を歩まれたことは、ご承知のとおりです。
敗戦後の今は歴史となった厳しい時代の、勇気ある1人の日本人を描いた作品に、若き日の剣道人楢崎さんが登場するという因縁ある映画として紹介します。
会 長 武安 義光