アキレス腱の断裂 ―剣道ではアキレス腱の損傷が多い―

Question

試合中、無理な体勢より打ち込み、左アキレス腱を断裂しました。
 治療法、予防について教えてください。(32歳男性)

Answer

アキレス腱断裂のメカニズム

剣道における外傷・障害のうちアキレス腱の損傷(腱断裂・腱周囲炎)は特に多く、剣道特有のものと言えます(Q41参照)。

アキレス腱の断裂は、「蹴る」動作での受傷が多く、左足に生じる場合がほとんどです(図1)。受傷時の体勢は、歩幅の広くなったままでの打突時が多いようです。「蹴る」動作では、足が底屈します。底屈する筋肉には、腓腹筋とヒラメ筋があります。歩幅が広いままでの打突は、膝が伸展位(伸びる)で、腓腹筋・ヒラメ筋それにつながるアキレス腱が伸びきった状態のままで、足を一旦背屈(甲の方向に曲げる)してから「蹴る」動作を行うので、筋肉が急激に収縮してアキレス腱に過度の負荷がかかります。同時に腱自体の伸張反射(急に伸びようとすると反射的に縮む)も加わり、抗しきれずに断裂するものと考えられています(Q72図1)。また、使い過ぎの状態で炎症が慢性化しているアキレス腱周囲炎(トピックス参照)や加齢による腱の変性があれば、腱の許容強度は低下し、容易に損傷しやすくなります。

図1アキレス腱断裂は「蹴る」動作での受傷が多い

症状

受傷時には、後ろから蹴られたとか、何かに当たったと感じることが多く、大きな音がすることもあります。ちょっとした音や、違和感を覚えた時は部分断裂の可能性がありますので、注意して下さい。断裂直後には、それ程痛みを感じずにベタ足歩行ができる場合もありますが、稽古の続行は不可能です。断裂部に陥凹を触れます。受傷時年齢は30~40歳代が多く、剣道の経験年数は10~20年が多いようです。MRIやエコー検査は、断裂部位や損傷程度の確認に有効です。

治療

受傷時には、足関節を底屈位にして断裂部を離開させないように副子固定し、ただちにRICE処置(Q45参照)を行います。治療については、保存療法がよいか、手術療法がよいかはいまだに明白な結論が出ていません。筋力の回復程度、再断裂の頻度からみれば、手術療法が優れているようです。ただし、剣道の場合、以前よりアキレス腱に痛みを訴えていて断裂した症例が多く、部分断裂の陳旧例(すでに受傷して古くなった損傷)も少なくないので、手術には細心の注意を要します。保存療法もギプスのみではなく、装具・リハビリの進歩によって以前に比べて成績は向上しています。整形外科医(できればスポーツドクター)とよく相談して治療法を決めてください。完全復帰(十分に筋力の回復するまで)の目安は、手術療法で約5ヵ月、保存療法で約8ヵ月位です。復帰後は、稽古前後のストレッチング(図2)、ウォーミングアップ、クールダウンを励行してください。

図2アキレス腱のストレッチング

予防法

アキレス腱断裂の予防には、正しい踏み込みの基本動作の獲得が特に重要です。つまり、基本に忠実な足さばきを習得し、前に出た時は左足のひきつけを、後に退く時は右足の引きつけを速やかにできるようにし、前後の足の幅も広くならないように注意します。

アキレス腱周囲炎

剣道では、踏み込み等の「蹴る」動作の過度の繰り返しにより、アキレス腱の微細断裂を生じて炎症が増悪することがあります。この状態がアキレス腱周囲炎、腱炎です。アキレス腱に圧痛、腫れ、熱感を認め、アキレス腱のストレッチング(図2)や抵抗を加えながら足関節の底屈を行うと、痛みが起こります。臨床的には、アキレス腱周囲炎、腱炎を区別するのは困難です。

左足のつま先が外を向いた(toe out)足の構え方を「撞木足」と言い(図3)、この構えのままで踏み込むと、足部の回内がおこりやすくなります。この左足部が回内する打ち込み動作では、より大きな捻れと緊張がアキレス腱に加わり、過負荷となりアキレス腱周囲炎、腱炎が生じやすくなります(図4)。剣道ではアキレス腱断裂前にこの炎症状態にある場合が多く、腱の許容強度も低下し、より断裂しやすいものと考えられます。長期間剣道を続けている方で、アキレス腱の肥大やタイトネス(はり、硬さ)がある時は、炎症の慢性化が考えられますので、注意が必要です。急性期では2週、慢性期では6週の休養が必要で、治癒までに平均5週かかります。アキレス腱のストレッチングと強化を行い、踏み込み動作で蹴り足が過回内する場合は、まっすぐに蹴りだすように矯正してください。

図3左足の構え、図4左足の回内

参考文献(Q72、73)

  1. 高幣民雄、佐々木健、百鬼史訓ほか:アキレス腱断裂予防のために、月刊剣窓、260:20-25、2003
  2. 林光俊 高幣民雄(分筆):種目別スポーツ障害の診療 改訂第2版 南江堂 366-375、2014

高弊 民雄(たてやま整形外科クリニック院長)

剣道医学Q&A(2014/12発行)」より抜粋

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