のど(頸部)の前面中央には のど仏(アダムのリンゴ、甲状軟骨)があり、下部の気管や声帯などを保護しています。気管は呼吸のための空気の通り道で、その後ろに食道が普段はぺちゃんこの状態にあり、両脇に頭蓋内に血液を運ぶ総頸動脈があり、後方に頭を支える首の骨(頸椎)と横隔膜や手足を動かす脊髄神経(頸髄)と、直接生命に深く関わる多数の重要な器官が集中しています。そのため、面には突き垂れ、その後ろに用心垂れがあり、さらに剣道着のやや厚く織り込まれた襟を重ねることにより、この周辺の大切な部分を保護しています。なによりも剣道着や面の正しい装着が基本であり、「突き」による事故防止につながります。(図1②)
「突き」に伴う損傷には 気管や頸動脈への直接的損傷、頭を大きくのけぞる頸部や肩への過伸展による頸髄損傷などがあり、見かけ上、軽微な外傷でも障害が長引いたり、時に生命危機につながることがあります。
用心垂れをくぐりぬけて竹刀先端部が頸部に到達した場合(図1①)、部位によりさまざまな症状を呈しますが、完全に喉に入ってしまった場合には、救護医による気道、呼吸、循環、中枢神経などについて迅速な初期評価が必要となります。基本は空気の通り道(気道)の確保と頸椎保護です。
一瞬窒息を生じるような事態です。両手で喉をおさえるような仕草(窒息のサイン)で判断できます。面を外し、できるだけ本人が呼吸のしやすい体制をとります。甲状軟骨(のど仏)やその下の舌骨が骨折するような事態では、時間と共に気道が閉塞されていくことが予想されるため、救急車を要請し緊急気道確保の処置ができる体制をとります。
総頸動脈は顎のえら(下顎角)の付近で二方向に分岐し一方が外頸動脈、他方が脳内に血液を運ぶ内頸動脈となります。この分岐部付近には加齢と共に血液中の老廃物やコレステロールの塊(動脈硬化プラーク)できていて次第に狭窄を生じていて、男性の8%がこの部分に最大50%の狭窄を来たしていることが知られています。衝撃などで、血管の内膜の一部が裂けて動脈瘤を形成したり、またプラークがはがれ落ちると小さな塊(塞栓子)が形成され、それらが脳の細い血管に詰まり、部位によって手足の麻痺や言語障害などの脳梗塞の症状を生じることがあります。狭窄の程度が著しい場合には生命危機があり、速やかに治療する必要があります。また、衝撃により総頸動脈れん縮といって、太い頸動脈本管が、異常な収縮を来たし細くなって、外傷性頸動脈閉塞症から片麻痺を生じることもあります。言語のもつれ、手足の右か左かどちらか片方の脱力感や筋力低下、感覚低下を訴えるときには緊急事態と考えてください。
「突き」がのどに入り、頭を大きく後ろにのけぞった状態(頸椎過伸展)や転倒後に大きく屈曲(過屈曲)するようなむち打ちのような運動では、脊髄神経が損傷され、中心性頸髄損傷といって、直後から四肢に脱力を生じ、立ち上がることができず、両足はなんとか挙上できても、両上肢が持ち上がらないような特異的な症状がでることがあります。また頭部が左右のどちらかに傾いて大きくのけぞって肩が下方に急激に引き下げられるような状況では頸椎から肩や上肢に向かう脊髄神経の束の一部(腕神経叢)が傷害され、肩から腕に電気が走ったような痛みが生じます。(バーナー症候群)
救護のポイントは ①気道の確保 と ②頸椎保護 ③ログロール操法による頸椎保護です。
呼吸苦を訴えるようであれば、救護医による、気道確保の要否判断が最重要となります。首の周辺の頸部痛、甲状軟骨の異常、皮下血腫、皮下気種、発声の異常、頸動脈拍動異常などを丁寧に調べ、聴診で気道狭窄、頸動脈血管雑音などを調べます。この付近の外傷では生命や重大な機能障害にかかわるケガとなりうること,遅発性に問題が生じる可能性があることなどを十分に考慮し、ひとつでも異常サインを認めたなら頸椎や背骨を大きく動かすことなく、救護医が頭と首を動かぬよう両手でしっかり支え、左右4人ずつ、8人くらいで体全体を一本の丸太のようにして(ログロール操法)扱います。面を外すのに手間がかかったり、頭や首を動かすことが予想される場合は、躊躇することなく面紐を切断してください。手足に脱力やしびれを生じているときには緊急X線検査やMRI撮影が必要となります。頭や首を受傷後不適切に動かしたために、後に大きな脊髄損傷(両下肢麻痺、四肢麻痺)を生じることがありますので、必ず救護医の指示のもとに、頭から首にかけては決して大きく動かさないように注意してください。
朝日 茂樹 (日本体育大学保健医療学部救急医療学科長教授)
参 考:日本整形外科学会HP(市民向け)「外傷性頸部症候群」
「剣道医学救急ハンドブック(2014/10発行)」より抜粋