「文化の日」を迎えて、「秋の空澄み菊の香高き、今日の良き日を…」の一節を思い浮かべる読者もおられましょう。これは戦前の明治節であった11月3日(祝)の奉祝歌の一節です。学校で行われたこの日の式典で皆で歌われたものです。
今やこの日は剣道人にとって「全日本剣道選手権大会」の日として定着しています。今年は久し振りに冒頭の歌詞そのままの好天気の中に当日を迎えました。学生、警察、官公庁などの秋の大会がつぎつぎと10月に行われ、最後の盛り上がりとなるこの大会です。ただ付け加えますが、大会がこの日に行われるようになったのは30年近く前の第30回大会以後で、それまでは12月上旬に行われていました。大会の権威を高める上で良い改革だったと思います。
大会を迎える前に全剣連では、9月から新編成で活動を開始した各専門委員会が、それまでの活動を引継ぎつつ、事業の見直し、新展開を検討しています。大会前日11月2日(月)の評議員会・理事会では、別掲の22年度の行事日程を内定しました。
経済不況からの脱却が思うに任せぬ中、全剣連の21年度上期の収支結果がまとまり報告されました。昨年の実績に比較して若干の落ち込みもありますが、事業を予定通り続ける見通しを得ています。
政変があって1カ月余り、臨時国会も開かれ本年度の補正予算の見直し、来年度予算、税制改正などを巡って論戦が展開されました。剣道界に関係する政策論議にまで及んでいませんが、来年度予算要求の仕分けが話題を呼んでいます。ようやく緒についた人造りの施策がしっかりと進められるよう見守りましょう。
総合的に見て良い点がつくと見られる、今回の大会をいくつかの視点で振り返って行きます。
今年の大会は、日程的に8月末の世界剣道選手権大会に続く形となり、10名のうち7名が出場している世界大会の代表選手と、例年より多い26名の初出場者選手の活動ぶりが注目されました。
出場組では昨年の大会の覇者の正代 賢司(神奈川県)、準優勝の若生 大輔(北海道)が揃って1回戦で敗退、正代は初出場の大石 寛之(大阪府)に食われました。また出場3回目の高橋 秀人(東京都)が準優勝を勝ち取り、ベストエイトには初出場者が2名入るなど、新勢力の進出が目立った大会になりました。
一方ベテランは実力を発揮しました。世界大会組が苦戦した中、2年前に優勝、先般の世界大会で団体試合の大将を務め、個人優勝も果たした寺本 将司(大阪府)と、3年前の若手選手権者内村 良一(東京都)はともに勝ち進み、準決勝戦で両者が顔を合わせることになりました。この対決は事実上の決勝戦と見られましたが、この勝負を1本1本のあと延長戦で制した内村は、同じ東京(警視庁)高橋との決勝戦において、延長に入り見事な面を決め、2度目の天皇盃を取得しています。
ベテラン組ではこの他、10回目出場で表彰を受けた最年長43歳の染谷 恒治(千葉県)、12回目の出場で優勝経験もある原田 悟(東京都36歳)がいずれも優秀選手の表彰を受けたのは立派でした。
新人の進出に、ベテランが立ちはだかることで、1回戦から目を離せない活気ある試合が展開された大会でした。
選手構成では警察官の比率が高く、64名のうち実に55名を占めました。学生の出場は見られず、ベストエイトに残ったのはいずれも警察官と昔に戻った感がありました。教員・刑務官・産業人や学生の奮起を願うや切なるものがあります。今大会で物足りなく感じられた所です。
全国から選ばれた範士の審判員は良い仕事をして頂いたと思います。また公開演武としての冒頭の日本剣道形、後半に行われた少年剣道指導における、「木刀による剣道基本技稽古法」での少年の演武も見事でした。
まず主催者を喜ばせたことは、近年で一番大勢の観客に来て頂いたことです。アリーナ席、1階席はいずれも完売、2階席も若干の余席を残す程度の大入りほぼ満席の状態、入場者総数は、8,200名と近年では最高になりました。
さらに満足すべきは、この多数の観客の見守る中の静寂ともいうべき空気で試合が最後まで進められた事でした。おそらく他の武道・スポーツの大会に比較して、剣道が誇っていい所と断言できます。
観客が多いこと、会場の空気と試合者との相互作用のもと、試合内容にも好影響を及ぼしたのは当然と思われます。放送されたNHKのテレビ放送でも、例年を越える4%台の視聴率であったとのこと、一般の剣道への関心の高まりを感じました。
大会の進行の進行管理、場内へのアナウンス、電光掲示などの情報提供、音楽利用などを含め、運営管理など、満点とは言えませんが概ね適切に行われたと言えましょう。
また観戦に来られない人のためには、動画を取り入れたホームページによる報道を昨年より行っており、本年は24件の動画を提供し、13日現在の再生数は17万件あまりに達しました。また、大会当日のホームページへのアクセス数も、22万件におよびました。
初めに申し上げた良い大会の内容でいくつかの点で申し上げてきました。もちろん試合内容の良否が第一ですが、来年はこの点を含めさらに良い大会になって欲しいと期待しています。
2年ぶりに特別功労者として、森島 健男氏の受賞が決まりました。特別功労者は文字通り剣道界での特別な表彰で、平成4年に制度ができてから7人目の贈賞になります。年齢的に米寿を迎えられた方が対象になってきていますが、副会長も務められた剣道人森島さんの長年のご功績については、改めて繰り返しませんので、本誌の記事で御覧頂きますが、皆様とともにお慶びを申し上げ、今後ともご健勝で、活動されることを念願いします。
剣道功労賞には5名の方の受賞が決まりました。滋賀県剣連会長を長く務められた文室 常男氏、剣道家一筋に高い境地に進まれると共に、後進の指導に尽力された賀来 俊彦氏(奈良県)、園田 政治氏(大阪府)、居合道に精進され、居合道界の運営の改革に実績を上げられた上野 貞紀氏(神奈川県)、さらに外国人で英国剣道の振興のみならず、欧州・世界剣道の発展に長年努力され、実績を上げられたハウエル氏に贈賞されます。
これらの方への贈賞は12月5日(土)に九段会館において行われます。功労賞とともに決定された、59名の剣道有功賞受賞者についても本誌の記事を御覧下さい。
11月後半に行われる剣道六―八段審査会は、名古屋市で始まり月末最終の週に日本武道館での八段審査、東京武道館での六・七段審査と続き、合計8千名の方が挑戦されます。総数は昨年とあまり変わっていません。受審される方、審査員としてお願いする方、実施に当たる事務方、いずれにとっても大仕事で、多数の方が成功されることを念じます。
東京での六・七段審査、受審者の増加から、それぞれ2日にわたって行うことにしましたが、来年は広い日本武道館でそれぞれ1日で行い、八段審査を東京武道館に振り替えて、全体を従来どおり4日で終わらせることに改めます。
①選手権大会で優勝した内村選手、勝ち抜いた6試合、いずれも延長に持ち込んでの勝ちというのは、初めての記録だろうと思います。
ともあれ強敵を相手にして一本を争い、合計64分を戦い、勝ち抜いた精神力と技術力に敬意を表しましょう。
②選手権大会大入りで、全剣連も安堵かと思われるかも知れませんが、実態は黒字になるかどうかという程度です。
入場券の売上合計は1,600万円余り、その他収入を入れて粗収入2,000万円近くになりますが、会場設備費、審判員・役員などの旅費、手当て、販売手数料、プログラム・ポスターなどの印刷費、賞品代、事務局員・係員などの管理運営費などを計算していくと、持ち出しが避けられるかどうかの程度です。
一儲けを目指して始められた、明治の撃剣興行が長続きしなかったことも思い出されます。
会 長 武安 義光